If we can dream It, we can do It! Wald Dysney
「森から草原に出よう」
井上正樹
一昨年の春、ヒトの遺伝子全ての塩基配列を決定する「ゲノム計画」が完了しました。即ち、一個の細胞の中にある30億の塩基配列が全て解読されたことになります。そして、判明した事はハエもチンパンジーもヒトもあまり遺伝子情報の点では変わりはないということです。さらに、ヒト個々で遺伝子に数百毎に一塩基の多形があり分子情報機能に個人差が生じていることやヒトのDNAは進化の過程で蓄積され眠っている塩基配列が90%近く存在する事がわかりました。DNAをみることによって今日まで人類が辿って来た進化の過程を見ることができます。
ヒトはサルと共通の先祖から分かれて進化した事を疑う人は誰もいません。ゲノム計画でも遺伝子情報の点ではヒトとチンパンジーとは殆んど同じであることが証明されWました。それでは両者は何処が違うのでしょうか。 はるか昔、ヒトの原種は森でサルとして生活していました。約500万年前、一匹のサルが群れから外れ草原に出ました。おそらく厳しい森の生活から一匹のサルが草原に出たのでしょう。「森の向こうには何があるのだろう」と好奇心を持った利発なサルが草原に出た。これがヒトの始まりです。厳しく過酷な環境の中で好奇心/探究心/冒険心が進化を生むのです。草原には森のように身を隠す場所もありません.食料となる木の実もありません。自分で身を守り食料を得なければ生きられません。それには道具が必要になります。道具を持つ手と歩くための足は分離したほうが便利かもしれません。多くの仲間と共同作業で獲物を捕獲する必要があります。お互いに複雑な情報交換にはコトバが必要となります。体力に応じて役割分担も必要となってきます。木々の無い草原では尻尾は無用の長物となります。太陽の光が直接注ぐ草原では皮膚にメラニン色素を蓄積して紫外線からDNAを守らなければなりません。「草原には何があるのだろう。草原に希望があるのではないか。草原へ出よう。」 この感性は細胞内の分子を変え細胞機能を変え、個体の形態を変えたことになります。ダーウイン説に従えば環境変化が生物進化を促したことになりますが、一匹のサルの好奇心が進化を促したともいえます。感性や心の動きが遺伝子を変える事になるのです。
歴史をみれば時代の転換期には新しいイベントが用意されているように見えます. しかし、それは一つのきっかけでしかありません。生物が海から陸に上がったのも酸素が大気に満ち溢れオゾン層で地球が保護されたからです。それにより生物は遺伝子機能を変化させ、鰓から肺を創り陸上生物として進化してきました。しかし、生物は進化せず元の環境に残ったものもいます。環境変化は生物進化の方向性を決めるのではなく選択肢を広げているにすぎません。現在の地球は海にも陸にも空にも生物が住める環境を作り出しています。鳥になるか魚になるかヒトになるかは生物種自体の選択の問題です。森に残りサルとして生活するのも可であり、草原に出てヒトとなるのも可であります。細胞DNAは不安定な存在で絶え間なく変異DNAが作られ、日々それを持った変種が創られています。この変異種は自然環境に有利でもなく不利でもなくどちらでもありません。しかし、この変異種が集団に固定化するとその種に進化が生じます。ダーウインの自然淘汰説の如く環境は厳しく選択を迫るのではなく、地球はゆったりと多くの中間的な変異種が多様性をもって生存できる状態を作り出しています。環境が進化を決定するのではなくその種に内在する変異種が固定化し多数を占めると進化が始まります。進化はその種自身が決めると言えるでしょう。
日本も多くの歴史的な変遷を経て今日の日本を形作くってきました。時代の転換は新しいイベントの引き金で生じた様に見えます。 集権国家は農耕による集団生活の結果生まれました。平安から鎌倉には武士の台頭を許しました。これは土木技術の革新による農地の拡大とそれによる食料増産(人口増加と富の蓄積)です。明治維新は海洋航海技術の進歩による交易が可能となり利潤追求のため来航した黒船がきっかけです。60年前は敗戦です。アメリカの圧倒的な生産力の前に敗れ去ったのです。
大学は、昨年国から独立した行政法人になりました。主権者である国民の意思であるよりは経済力の失速による外圧です。しかし、大学の序列が文部省から決められていたのが自由になるわけですから能力によっては小が大を超える時代が来るわけです。“中”に属する金沢大学はチャンスと思います. 環境変化により固定化から流動化が生じたわけです。環境変化は一方向への進化を促すのではなく進化の選択肢を提供するにすぎないのです。21世紀は知的財産権が大きく時代を左右するのではないでしょうか。浮くも沈むも大学組織の力であり、結局は組織を構成する個人個人が如何に優れた知的財産を持つかに関わってくると思います。我々教官は知的財産に値する仕事をすることが求められます。さらに、これらを支える同窓会の組織力も重要となってきます。
大学は真理探究の場(医学研究)であり、教育の場(卒前/卒後教育)であり、社会貢献の場(診療)でもあります。特に教育は大学の骨格をなすものです。大学の教育の基本は学生に本物をみる目を養う事にあります。そのためには、教官個人が自分の専門分野において本物をみせる事、あるいはみせる努力をする事が最も重要であると思います。本物を示さずして教育は成り立たないと言えます。研究に於いても独創性、国際性、人間性のある研究を示し世間に問う事が草原への道だと思います。本物を示すことで社会の信託に答える事ができます。
壮大な森の彼方此方から多くの細い「けもの道」が連なり太い幹道となって遥かな草原向かって伸びているのが見えてきます。金沢大学産婦人科教室も太い幹線の一つとなって草原に伸びています。
生物進化は環境に順応するように進むのではなく、環境が変わっても自らが変わろうとする「マインド・志(こころざし)」が無ければ変わりません。環境が同じでも変わろうとするマインドがあれば変わります。個性のある大学への環境は用意されています。全ては、大学を構成する教官個人が高い志を持ち専門分野で独創性のある仕事をすることに尽きると思います。本物は多くの共感と感動を生みます。それが教育です。
暗く閉ざされた森から光の降り注ぐ草原に出ようとする若い学徒が連なることを期待したい。
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